設備設計 ⑯設備材質

培地の腐食影響リスク評価

微生物屋出身である自身の経験を振り返ってみると、菌の代謝をうまく制御することは一生懸命考えるが、生かす容器材質に関しては無頓着であったように思う。例えば、pH制御に塩酸を使うこともラボでは普通に行われていたりするが、これは実用化において大きな問題を有している。企業に入って、生産設備に携わる経験が増えると共に、ステンレス鋼にSUS304・SUS316等のグレードがあることや、塩素イオンの腐食が要注意であること、またやむを得ず塩酸を使う場合のために、樹脂製タンクやガラスライニング等の製作技術があることを知って驚いたことを覚えている。やむを得ずステンレスで強酸を使いたいときは、塩酸の代わりに硫酸を使うようにと教わったこともある。金属材料選定と微生物培養では技術分野が全く異なるが、ちょっとした異分野の常識や豆知識を蓄えておくことが、実践で役に立つ。

塩化物(無機塩類)を配合した培地組成を開発した時、設備担当者に「温度121℃で培地滅菌して・・・」と説明すると、ステンレス容器への腐食は大丈夫ですか?と驚かれた経験がある。影響を評価しようということになり、複数グレードのステンレス板(テストピース)を用意して、これを同培地に浸漬し、培地殺菌の高温条件に晒す過酷試験を行った。幸いにも、試験結果で腐食は認められず、開発した培地は採用となり、通常のステンレス設備で培養することになったが、設備担当者にとって塩化物による腐食影響が無かったことがやや驚きであったようである。単純な塩素イオン濃度判断では無く、他成分との相互作用もあるため、複雑な新規組成の場合は、評価試験するのが確実であろうと考えている。

培地開発では、膨大な微生物への生化学的要因の中から、経験知等をもとに目的に沿った仮説をたてて組成を作り、それを培養実験で検証して再び組成改良する。このようなサイクルを何度も回しながら構築していく場合が多いと考える。一方で、本稿で紹介したような、スケールアップと実用化を見据えたリスク評価も避けて通ることはできない。微生物技術者が優れた生産法の開発を推進しつつも、スケールアップや投資判断等の適切なタイミングで、機械設備等の異分野視点も含めて俯瞰的なリスク検証を行うことで、開発活動の後戻りを少なくしたいものである。

(執筆:K.Hi.)